『命のステーションへの提言』


 世界の都市を訪ねて、いつも感心するのは、美術館、劇場、図書館などの施設や、画廊、書店などが人びとの多く集まる市の中心部におかれていることです。
 大学や寺院などもそうです。大阪では西と東の御堂を結ぶ道が、御堂筋として今も東アジア最大の中心街となっています。大阪の文化が上方文化として尊敬されてきたのは、文化と信仰が街を支えていたからでした。単なる商業都市ではなかったのです。
 真の文化は都市のはずれにではなく、もっとも人びとの多く行きかう雑踏の巷に花咲くべきでしょう。ニューヨークのMOMA美術館、パリのポンピドー美術館などもそうです。
 JR大阪駅にあった小さな画廊、セルヴィスギャラリーは、いかにその規模が小さくとも、最も人びとの集まる中心に存在した我国でも稀有な場所でした。
 この二十年間に、セルヴィスを訪れた人が二百万人をこえるというのは、世界でも稀な文化施設と言わねばなりません。
 最近、全国各地でJR駅内にもうけられた図書館が熱い注目を集めています。駅は、都市生活者にとって生活の中心であり、そこに文化のオアシスがあることで、単なる経済機構を超えた都市の心臓となるのです。
 この度の新しい大阪駅のプランを、関西圏のみならず全国の人びとが期待し、注目しています。
 聞くところによれば、その構想の中では画廊セルヴィスの閉館が決定しているようです。京都駅とも、博多駅とも違う大阪らしいユニークな駅を期待していた私としては、一大ショックです。
 通勤のあわただしい日々を、画廊のウィンドウを眺めることで慰められていた無数の生活者の心は、ますます乾いていくばかりでしょう。
 連続12年間、3万人をこえる自殺者の問題に、政府もようやく本腰をあげて対策を考え始めています。公共性を有する交通機関も、そこに心配りをする義務があるのではないでしょうか。
 電車や列車で通勤する人びとの、心に一滴の水を注ぐ画廊の存在は、必ず大きく役立つことと思います。プラットホームに柵をもうけるだけが、人命への配慮ではありません。
 駅の一角に存在する小さなギャラリーは、きっとささくれ立った人の心をうるおし、生きる意志を取り戻す大きな役割をはたすはずです。
 新しい大阪駅は、そのようなヒューマンな構想を土台に計画されるべきでしょう。
 是非、是非、人間の命を大切にする新しいギャラリー存続のアイデアを盛り込んで下さい。
 駅は、人間の心のステーションなのですから。

 平成22年3月

 五木 寛之

JR西日本
読売新聞社大阪本社    御中
読売テレビ

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