新ちゃんの へらへら日記


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2018年6月

 「第19回アルスくらしき寄席。」(2018/6/2)

 ノリのいいお客さんで大盛り上がり! ありがたい限り。「狼講釈」のマクラで、「口から出任せにしゃべるのを、昔は鉄砲と言いました。今は、『安倍晋三する』と言います」で拍手がわきました。皆さん、思いは同じやと思いました。番組は、「道具屋」・月亭遊真、「権助魚」・桂三弥、「狼講釈」・新治、(お中入)、「太神楽曲芸」・ラッキー舞、「寝床」・笑福亭仁福。会場は、マービーふれあいセンター。

 「あじさい寄席復活!」(2018/6/6)

 奈良県川上村で、当時の青年団(村お越しグループ)が主になって開催してきた「あじさい寄席」。毎年、6月のあじさいの季節に開かれていました。時移り、青年団も私らも老い幕をおろしたのですが、彼らが村の中枢になり、過疎に拍車のかかる中、もう一度寄席をしたいと依頼を受けました。もちろん喜んで行かせて戴きます。
 写真は、その頃戴いたあじさいの茎を挿し木にして、一本だけ根付いたもの。こんなに大きくなりました。過ぎた歳月の長さを感じます。復活あじさい寄席! お気持ちに応え願生ります!
〇 復活! あじさい寄席(通算第19回)
 日時:2018年6月19日(火)13:30開演
 会場:「川上村ふれあいセンター」・奈良県吉野郡川上村北和田312
 出演:桂三馬枝、豊来家板里、新治、新幸
 木戸銭:500円
  

 「東北笑生会見守り観音参拝バスツアー。」(2018/6/15)
 
 三田落語会を終えた翌日、6月10日〜11日と、東北笑生会主催、宮城県石巻市の洞仙寺の見守り観音参拝バスツアーに参加しました。見守り観音とは、津波で全壊した本堂に奇跡的に無傷で残った観音像のこと。70戸のうち4戸しか残らなかった桃浦地区を見守るかのように残されていたところから、いつしか見守り観音と呼ばれるようになりました。これに感動した、同じ曹洞宗、長野県佐久市蕃松院、増田厚友ご住職が音頭を取り、浄財を集め観音堂を建立。それで、東北笑生会増子理事長にお願いして、参拝ツアーを企画して戴きました。往路の車中では、建立までの経過をまとめたビデオを視聴。予習しながら向かいました。開演予定時刻にドンピシャという、間に合ったのか、遅れたのかよおわからんタイミングで到着。洞泉寺様では、八巻芳栄ご住職の先導で我々参加者も、亡くなられた方のお供養として般若心経をお唱えし、続いて梅花流ご詠歌の講員さんによるご詠歌の奉詠。その後、新治の落語二席。間に、めおと楽団ジキジキの音曲漫才で盛り上がりました。ネットで被災の情報は得られますが、やはり現地へ行くと、生活に与えた影響のひどさを実感します。何より失われた命の多さを具体的に感じ胸が痛みます。夜には、八巻ご住職の率直なお話も聞かせて戴き、ありがたい学びの場となりました。「無一物」という言葉が心に残りました。
見守り観音 流されなかった復興の鐘
両腕のとれたご本尊 洞泉寺での梅香流ご詠歌の奉詠

 翌日、二ヶ所目の広淵寺様も、曹洞宗・特派布教師の奥野昭典ご住職のお世話で、檀家以外のご近所の方もいっぱい来られ、満堂の盛況! 和尚様のお経の声の響きの良さにありがたい気持ちでいっぱいになり、佐賀から参加の大海さんのご詠歌独詠に心洗われ、演芸会も盛り上がりました。気仙沼の大塚ご夫妻(東北笑生会理事)と大塚さんの会社の社員の方々のお世話で段取りよく二ヶ所の公演もこなせ、車中では、生野高校同期の吉本さんの名進行で互いに打ち解け、楽しい旅になりました。厳しいお話も伺い、やはり現地へ行くことは大事なことだと思いました。これからも心の復興のお手伝いを少しでも、身の丈に合わせて、やらせてもらいます。
広淵寺様 新治さんの高座
めおと楽団ジキジキ 会場のようす

 「第50回人権を考える大津市民の集い。」(2018/6/16)

 滋賀県大津市生涯学習センター大ホールにて、50回の節目の集い。用いて戴き、ありがたいことです。子供たちの歌。ハープの演奏。私が「お笑い人権高座」。おおぜいのお客さまで、楽しく勤めさせて戴きました。

 

 「生野高校同期の北端さんが亡くなりました。」(2018/6/16)

 北端茂さん。生野高校同期。3月31日の繁昌亭夜席「露の五郎兵衛追善公演」に同期の仲間とおおぜいで来てくれました。打ち上げでは、遅れて行った私のために、彼の隣が空けてありました。それで隣に座り飲みました。節目の落語会には必ず駆けつけてくれ、同期会のいろんな集まりを主催したり、積極的に参加してました。けど決して前に出ようとせず、みんなの話を静かに聞いていました。こんな人がいるので、同期のつながりが強いのです。縁の下の力持ちでした。今思えば、検査中とかで、ビールは飲みませんでした。私は前立腺の治療も終わり、その日が解禁日。逆にいっぱい飲みました。彼は同期会のバッジを作って、その場でみんなに配ってくれました。先日の石巻見守り観音参拝ツアーにも元気だったら参加してくれたはずです。それで、リュックにバッジをつけて行きました。ツアーにも同期が5人参加していたので、みんなに披露して「北端君の無事を祈ってや」と話をしてました。5月24日には、私のお見舞いメールの返信をくれました。「元気になったら、落語を聞きに行きます」とありました。それからまだひと月たってません。今日、大津からの帰路、同級生から「北端君亡くなる」のメールが入り、驚くとともに、なんとも言えないせつない気持ちになり、涙が出ました。まさに「白骨のお文」そのままです。ご詠歌を聞きたくなり、お仏壇に向かい般若心経をお唱えしました。高校同期と言う縁だけで、「露の新治」をしっかりと支えてくれたお一人です。感謝の気持ちしかありません。そして、本当に本当に残念です。そして、「死が他人事ではない」という、なんとも辛い実感を戴きました。テントさん、雅ちゃん、仁勇さん、福車さん、翠みちよ代師匠、慎悟兄、可朝師匠。ほんまに、お世話になった方々ばかり、お声は鮮明に耳に残っています。そしてみなさん、私より元気だった方ばかり。なんともいえず、くやしくて、もどしくて、そして不安な気持ちです。合掌

 「北端茂さん遺影。」
 オーストラリアへ旅行し、コアラを抱いたスナップ。コアラを消して遺影にされた奥さんの気持ちが伝わってきます。ちょっとはにかんだ、いい笑顔。いい写真です。


 「満徳寺寄席、追善公演。」(2018/6/18)

 第6回満徳寺寄席は、急死された代表世話人の鈴木昇さんの追善公演でした。満徳寺の寄席は、先にスタートしていた浜松の長徳寺寄席がご縁の始まりです。長徳寺と満徳寺が、同じ真宗大谷派(お東)のお寺で、ご住職が親しいところから、ご紹介戴きました。第1回の満徳寺寄席は、長徳寺寄席のあと、私一人の独演会でした。そのため、浜松の長徳寺まで私を迎えに来て下さったのが鈴木さんでした。車中、ずーっとしゃべりっぱなしという話し好きな方で、寄席でも実行委員長として挨拶されるのですが、それが駄洒落も入る楽しいお話で、場内爆笑。いい前説になってました。今年も楽しみにしていたのですが、それが脳溢血で急死。まだ68歳の若さです。なんでこうええ人がバタバタと逝くのか?ほんまに悔しいです。
 そういうわけで、寄席はご住職から提案を戴き、追善公演とさせて戴きました。寄席の下手に祭壇を設け、焼香。みんなで合掌。ご住職の、鈴木昇さんの紹介を兼ねた挨拶。昨日知ったのですが、鈴木さんは歌も上手で、大月みやこや、増位山のプロの歌謡ショーの前歌をつとめたほど。生前に一曲、お聴きしたかったです。人を笑わせることが大好きで、なんと「女装しての歌謡ショー」もやっておられました。その写真も飾り、ご披露しました。お葬式でも、涙と笑いが絶えなっかたそうです。鈴木さんが呼んでくれたのか、かつてないほどの大入りでした。鈴木さんのお気持ちを大事にして、寄席もできらだけ続けていこうと思います。鈴木さん本当にありがとうございました。
 鈴木さんも、同期の北端さん(6月16日のへらへら日記参照)も、存分に幸せに生き抜かれました。だから悔いはないかもしれませんが、未練がましい私は、「幸せだからこそ、もっともっと長生きされてほしかった」と悔やみます。死ぬには若すぎる。いくつまで生きたらええのかわかりませんが、今は若すぎます。ほんまに世の中無常です。そして何があるかわかりません。今朝の地震のため、とうとう北端さんのお見送りはできませんでした。残念です。悔しいです。ほんまに今を大切にせんとあかん。やりたいことはやれるうちにやっとかなあかん。明日というのは、あって無いんやと思いました。鈴木さん、北端さん、ほんまにほんまにありがとうございます。いずれ再会したときには、また楽しくいっぱいやりましょう。

「第六回満徳寺寄席・鈴木昇寄席実行委員長追善公演」
 番組は、「満徳寺住職挨拶」、「焼香」、「一同合掌、礼拝」、
 寄席 「狼講釈」・ 新幸、「抜け雀」・新治、(お中入り)、「歌」・新幸、「ちりとてちん」・新治

 過去最高のお客さまで大盛り上がり。鈴木さんのおかげです。
 
鈴木さんの、お笑い女装歌謡ショー。

 「第19回あじさい寄席。」(2018/6/19)

 10年ぶりに復活!あじさい寄席。(6月6日の日記参照)
 番組は、「前説」・新治、「金明竹」・新幸、「太神楽曲芸」・豊来家板里、「七度狐」・三馬枝、(お中入り)、「歌」・新幸、「ちりとてちん」・新治。

こちらもよろしく

 「タンスの鐶(かん) 。」(2018/6/22)

 「そのとうざ 昼もタンスの鐶が鳴り」
 「かわいそうだは、惚れたってことよ・哀れみは恋に通ず」
    〜五郎兵衛怪談噺・摂州皿屋敷より〜
 明日の門戸厄神の門戸寄席 「第一回露新落語会」。ネタは「摂州皿屋敷」。お楽しみに!

 「北端茂君の写真を手に!」(2018/6/25)

 生野高校21期北端茂君を偲ぶ会。6月16日、惜しくも亡くなった同期生、北端茂君を偲ぶ会。生き残ってる者が、彼の写真を手にして集合写真を撮りました。お供養になれば嬉しいです。北端君、またいつか再会しよう! 4000円飲み放題の居酒屋で呑もう! 春キャベツを食べるたびに君を思い出す人、いっぱいおるよ!

 「田川労音主催「独演会。」(2018/6/30)

 恒例となった田川独演会「ろーおん寄席」。番組は、「ちりとてちん」・新治、「強情灸」・川崎亭好朝、「摂州皿屋敷」・新治、(お中入り)、「抜け雀」・新治。お囃子は、九州寄席囃子研究会小きぬ社中のみなさん。

2018年7月

 「北九州豪雨追弔落語会。」(2018/7/1)
 
 昨年7月豪雨被害を受けた日田市大鶴地区。大鶴公民館にて、追弔落語会。番組は、「真宗宗歌」、「仏教讃歌」、「三帰依文」、落語「狼講釈」「井戸の茶碗」、「恩徳讚」。幸せな暮らしが一瞬にして壊滅させられたのです。天災とはいえむごすぎます。写真は全壊した橋の跡。

 「九州北部豪雨被害写真。」(2018/7/2)

 生活が破壊されたのは、東北震災、津波被害も一緒です。ほんまに危うい命を生きているのです。合掌


 「幽霊まつり。」(2018/7/3)

 団四郎師匠宅にて幽霊まつり。五郎兵衛の怪談噺を受け継ぎ、今や上方怪談噺の宗家!?団四郎師匠が、怪談の季節を前に毎年される幽霊まつり。今年は、私も団四郎師匠のピンチヒッターで、名古屋大須演芸場で四日間怪談噺を勤めるのでお詣りに行きました。幽霊の掛け軸、衣装、小道具、それにお供えの鯖(幽霊は鯖が好物・五郎兵衛談)を供え、プロの尼さんの団姫さんが、ほんもののお経をあげて、私らも般若心経をお唱えします。これをしておかないと、必ず何か差し障りができる(五郎兵衛談)。終わって、恒例の「かめちゃぶ」を戴きました。これが美味しい! 五郎兵衛直伝の上方怪談噺にご期待ください!

 「明日の露新軽口噺。」(2018/7/6)

 明日の露新軽口噺。私が会場に行けるかぎりは、やります。ただ、お客さまは、ご無理をなさらずご都合に合わせて判断されてください。「キャンセルご自由」とさせて戴きます。お気遣いはご無用です。こんな時のために「天災」という落語があるんやと思います。雨は明日も降るようです。先ずはご安全に!

 露新軽口噺は、毎回、拙いながらネタおろしをしています。その悪戦苦闘ぶりを楽しみにされているお客さまもおられます。明日、来られないお客さまにも、「明日の新ネタ」を聞いて戴く機会は作りますので、明日はご無理をなさいませんようにお願い致します。無理なく来られるお客さまのみ、お越しくださいませ。それも明日の様子を見ながら慎重にお願いいたします。落語を聞くために、危ないめにあう必要はありませんので。皆さま、どうぞ、どうぞ、ご安全に! ほんまに何があるかわからん世の中ですので、お気をつけ下さいませ。
 「高知にて。」(2018/7/10)

 久しぶりの小学生全学年対象のお話。一年生に焦点を当てて、よく笑って戴き、最後に短く「つる」をやらせてもらいました。45分。ありがたい時間。やらせて戴いてよかったです。写真は、空港に24年前に書いた色紙を持参で迎えに来てくださった細川英輔先生、始まっているよさこいの練習、カツオのタタキ! 旭小学校の高座。

 「奈良市立春日夜間中学公立化40周年記念集会。」(2018/7/14)

 奈良に夜間中学ができて40年。記念の集いがひらかれ、私も「設立運動に関わった者の、生き残りの一人」として招かれました。当時の運動の中心を担った壮年層はほとんど亡くなり、若手だったわたしらが若干残っている状態です。たぶん50周年には、参加できないやろと思います。四股で、以下のようなお話をさせて戴きました。
 頭も体も心も弱かった私は、自分と向き合うこともできず、今で言う「ニート状態」。半分やけくそで入ったのが、大阪市立大学夜間部・中国文学科。そこでもしたいことも見つからず、落語だけが好きな世間知らずの甘ちゃんでした。
 1974年の狭山事件の高裁判決で、初めて社会に目を向けました。被差別部落に生まれた石川さんは教育をうけられなかったため、誘拐殺人犯人にでっち上げられました。それまで警察や裁判所、検察を疑いもしませんでした。それがどお考えても「石川さんは無実」としか思えません。その石川さんと、私のふるさと、大阪市生野区で出会った在日韓国・朝鮮人の生徒とがダブりました。同級生の中には、一緒に「中学を卒業したのに満足に読み書きができん」生徒がいました。これは、「勉強ができん、努力が足りん」と言うレベルではありません。そして、奈良に移っていた実家に帰り、1975年初めて参加したメーデー。そこで、奈良市議会議員の市原みちえさんから夜間中学のチラシを戴き、「これや!」と思い、関わったのです。なかなか進まない公立夜間中学の開校。仕方がないので、1976年9月7日に、私設奈良夜間中学が西大寺の正強学園の校舎を借りて発足しました。私はそこで、勉強のお手伝いと運動の雑務を必死でこなしました。捕食にうどんを食べるところから、いつしか「うどん学校」と呼ばれた奈良夜間中学。そこは、居場所のなかった私をやさしく受け入れてくれる「解放区」でした。何より「なんの自身も持てなかった私が、人の役に立つ」という喜び。それからは、ひたすら、リーダーの岩井好子先生(天王寺夜間中学教員)と、それを支えた遠藤幸子先生(小学校教員)の使いっ走り。「前川君(私の本名)、公立化へのチラシ作って!」「ハイ!」。「前川君、署名活動するから、署名用紙作って!」「ハイ!」。「前川君、市教委交渉するから、録音と写真頼む! あと、テープ起こしもな」「ハイ!」。「前川君、飲みに行くで!」「ハイ!」。今思えば、ほんまにええ修行をさせて戴きました。そして揚げさんの入ったうどんを食べながら聞かせて戴いた生徒さんの話。大事なことは二つ。「戦争と差別はあかん!」性根に据えて戴きました。おかげで、40年、やってこれました。残りの人生、なるべくぶれずにやっていきたいと願っています。もっとも、今更ぶれても仕方ありませんが。うどん学校は、生き方を学ばせてもらった、ほんまの意味で「私の学校」でした。
 以来40年。多くの人のお力で、奈良には公立夜間中学が三校、私設の自主夜間中学が三校できました。奈良のすばらしい所は、公立の三校ともが「自主夜間中学が公立化」したのものなのです。奈良には自主夜中の灯があかあかと燃えているのです。残念ながら世の中は「戦争と差別の時代」に逆戻りしそうな風向きです。だからこそ夜間中学の営みは貴重なのです。生きづらさを抱えてる人たちと、そこに寄り添う人たちが力を合わせて、戦争と差別に反対し、誰もが笑顔で暮らせる世の中に近づけるためにも、夜間中学はますますその存在意義を高めています。「願いに生きる」と書いて「願生る」です。願生りましょう!
 写真は、当時の署名活動。どこに私がいるか、捜してみてください。

 「動楽亭にて。」(2018/7/17)

 今日は動楽亭でイケメン、桂あおばさんにお稽古。そして昼席の高座。お客は僅か10人。それでもみんな熱演。ぎりぎりツバナレ。米団治師匠は「質屋芝居」を大熱演。感動。私は、「紙入れ」。トリは仁嬌師匠「次の御用日」。やっぱり寄席はいいです。
  

 「かけぶれ、来ました!」(2018/7/18)

 実にシンプルですが、これで用は足ります。上がり時間が7時。朝のはずはないので、夜7時。東京の咄家にとっては日常。私には非日常の高座。精一杯の準備をして臨みます。
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 「兵庫区民寄席。」(2018/7/20)

 喜楽館初高座は、兵庫区民寄席。「抜け雀」を中トリで。誠にいいお客さまで、楽しく、のびのびと勤めさせて戴きました!

 「東北笑生会のお知らせ。」(2018/7/21)

 東北笑生会主催で、東京・深川江戸資料館にて落語会をさせて戴くことになりました。活動報告と私の落語三席。ゲストは、6月の見守り観音参拝ツアーに参加戴いた「めおと楽団ジキジキ」のお二人。トークにも加わって戴きます。関東方面の皆さま、お力添えのほど、何とぞよろしくお願いいたします。
 〇 「NPO法人東北笑生会主催 露の新治落語会」
  日時:9月29日(土)18時50分〜
  会場:東京都江東区 深川江戸資料館
  出演:めおと楽団ジキジキ、新治
  料金:前¥2,500、当¥2,800(会員、障害者および介護者¥2,000)

 「福岡県八女市おりなす八女市。」

 「人権のまちづくり市民の集い 2018」にて、新ちゃんのお笑い人権高座。八女市と旧八女郡には、この25年の間、同和問題啓発担当者でいいご縁を戴いた人がたくさんいます。今は異動になっていたり、退職していたりですが、そんな方々がいっぱい集まって戴きました。ほんまに嬉しいです。今年お連れ合いを病気で亡くした原口さんもその一人。早めに着き、お線香をあげさせて貰いました。家には懐かしいポスターが大きく貼られていました。私のお笑い人権高座は、こんな方々に支えられてきたのです。これからもぶれることなく願生ります!

 「桂三馬枝、咄家40年記念独演会。大入り満員、大成功!」(2018/7/22)

 桂三馬枝さんの40周年記念独演会大成功! 会場は榛原(はいばら)総合センター。伊勢街道の宇陀越え、「七度狐」の舞台の辺り。大入り満員、椅子を追加するほどの370人! 番組は、「つる」・枝之進、「じいちゃんホスト(桂三枝作)」・三馬枝、「歌謡笑」・文福、「井戸の茶碗」・新治、(お中入り)、「紙切り」・三遊亭絵馬、「紙入れ」・三馬枝、「ご挨拶」・三馬枝、「大阪手打ち」、おひらき。地元ファンに支えられ、誠に幸せな祝いの会。参加できて幸せでした。
「伊勢本街道」の看板 特別ゲスト 桂文福 
  
桂三馬枝         桂文福
満員御礼のお客さん
  
桂枝之進         三遊亭絵馬          桂三馬枝   
(敬称略)

 「今日の檜舞台! 滋賀県栗東市立ひだまりの家。」(2018/7/25)

 栗東市の十里地区。大雨が降ると、上から放流。下はせき止め。間に挟まりいつも「浸水の町」。これが差別の実態だと取り組んだ結果、「親水の町」に。もちろんここまで来るのはイバラの道でした。私が最初お世話になった頃には、ひだまりの家(隣保館)はまだありませんでした。今日は久しぶりに、ここで三回公演。控え室の押さえ方がすごい。9:00〜22:00! ここへこもってありがたく、精一杯勤めさせて戴きます!
 

 午前中は、高齢者対象で、「あみだ池」、「抜け雀」に、お話を入れて95分。午後は、市内の企業の人権担当者を対象とした人権研修で、「お笑い人権高座」90分。夜は、十里子どもを守り育てる会の十里の保護者、解放同盟十里支部女性部、保育士、教員などを対象とした人権研修で、「お笑い人権高座」を90分。なんとかやれました! 三回とも達成感がありました。ありがたい!

 男子トイレのスリッパを赤色に。女子を青色にしてみたところ「間違えてまっせ」と直してくれた人がいたとのことです。そこで、なぜ間違いと思ったのかという検証が始まります。世の中の殆んどがそうという多数が→普通→正しいとなるのは一般的だが、果たして「正しい」かどうか? 「ひだまりの家」は、そんなところに、一石を投じています。私も初めて見た時は「あれっ?」と思いました。先入観とか思い込みは、なかなか心に深くしみこんでます。

 ひだまりの家名物のお味噌汁。十里汁と呼ばれ、十の具材が入ってます。今日は「人参、大根、油揚、こんにゃく、しめじ、豚肉、竹輪、豆腐、ネギ、味噌」でした。疲れた体にしみる優しい味。お昼に二杯、夕方に一杯。計三杯も戴きました。おかげで元気に勤めることができました。ごちそうさまです。

 「第二回『91%の満足度』落語会。」(2018/7/26)

 天満天神繁昌亭にて、第二回記念「91%の満足度 新治・福楽・文鹿」。番組は、「つる」・新幸、「上間屋」・福楽、「猿後家」・文鹿、(お中入り)、「七段目」・新治、「子は鎹」・福楽。お囃子は、三味線・和女、鳴り物・鹿えもん。楽屋番に・雪鹿。(以上、敬称略)
 楽屋には、高井ギャラ、桂三馬枝、桂勢朝、豊来家板里の師匠方が応援に駆けつけて戴きました。これは何より嬉しいことで、出方一同多いにはりきって高座を勤めることができました。

 「喜楽館昼席、初トリ!」(2018/7/27)

 7月31日の喜楽館昼席。昼席初出番がトリという、私にはありがたい高座になりました。兵庫県、特に神戸近辺の方、平日のお昼で出にくいとは思いますが、何とぞよろしくお願いします。

 「名古屋大須演芸場でトリをとらせて戴きます!」(2018/7/29)

 8月7日(火)〜8月10日(金)の4日間、名古屋大須演芸場にて、怪談噺でトリをとらせて戴きます。新幸も一緒です。こちらでトリは二回目。用いて戴き、ほんまにありがたいです。精進して臨みます。中部、東海地方の皆さま、何とぞよろしくお願いいたします。





 「喜楽館昼席初高座!」(2018/7/31)

 神戸新開地喜楽館、昼席の初高座、初トリを精一杯勤めました。一番太鼓は、桂りょうばさん。


2018年8月

 「名古屋大須演芸場」(2018/8/8)

 今日から大須演芸場昼席、始まりました。怪談噺、「摂州皿屋敷」、「雪の戸田川」。新幸、幸福、始、ひろ木の皆様のお助けで、なんとかやれました。落語と違って怪談噺は、チームプレーです。その分うまくいった時の喜びも格別です。明日からも願生ります。
 マクラで「膿は出しきりますと、膿が言い」は二回ともうけました。皆さん、そう思っておられるのです。核兵器禁止条約を批准しない、唯一の戦争被爆国の首相。被爆者から「もう広島に来てほしくない」と言われるのも当たり前です。ほんまに一日でも早く辞めて貰いたいです。代りは、山ほどいます。
出番表
ネタ帳 ポスター

 「沖縄からの報告。」

 連帯委員会、「高江辺野古につながる奈良の会」の仲間が沖縄辺野古に詰めてくれています。
 現場は、ゲート前にわずかにある市民が抗議するスペースに、赤白の水タンクを置いて、抗議すれば国道に出て市民が危険な目に合わされる現状です。(詳しくは、こちらのページをご覧ください。)


 「大須観音から演芸場へ」(2018/8/9)

大須観音から演芸場への道。今日も暑くなりそうです。願生ります!

 「酷暑お見舞い & 近況報告。願生ってます!」(2018/8/12)

 皆様、酷暑、くれぐれもご自愛くださいませ。
 名古屋大須演芸場(怪談噺・トリ)から東京へ。昨日は鈴本演芸場、お盆興行の初日。さん喬、権太楼、雲助、市馬、喬太郎、一之輔。東京のそうそうたる人たち(紫綬褒章が三人!)に混じって中トリ。夢のような舞台です。いいお客さんでよくうけました! こんなありがたい場は、今年限りと思って、やるだけやります。願生ります。どうぞお元気で。上野にて。



 「伊勢佐木 木曜寄席。」(2018/8/16)

 神奈川県横浜市、JR根岸線関内駅前「JRAエクセル伊勢佐木」にて、毎週木曜日に開催されている伊勢佐木木曜寄席に出さしていただきました。
入場無料! 文鹿さん、圓丸師匠、新治

 「鈴本演芸場にて。」(2018/8/17)

 上野鈴本演芸場の出番も、残り3日となりました。願生ります。
ネタ帳
前座の皆さん
さん喬師匠の高座




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