新ちゃんの へらへら日記



2025年1月

 あけましておめでとうございます。 (2025/1/1)

 ほんまにいろんなことがあった一年でした。新しい年が、なるべく平和で、笑顔で生きられる年でありますようお祈り致します。皆さま、お元気でお過ごし下さいませ。私も精一杯前を向いて、噺家人生晩年を願生(がんば)らせて戴きます。
露の新治拝

 「帝国ホテルの落語会。」

 元旦。帝国ホテルの落語会。宿泊のお客さん対象にいろんなイベントが開かれており、落語会もその一つ。300席がほぼ埋まる盛況。番組は、「平林」・呂好、「ふぐ鍋」・ちょうば(3月に桂米之助襲名)、「柳田格之進」・新治。年明け上々のスタートでした。

ちょうばさんによる音チェック

 「繁昌亭お正月興行(2025/1/2)

 満員御礼! 「狼講釈」を申し上げました。
大喜利のメンバー
撮影:露の新幸

  「ハルカス・笑かす寄席。」 (2025/1/4)

 1月4日(土)、ハルカス寄席初席。満員御礼を戴きました。あの顔、この人、お支え戴き誠にありがとうございます。「転宅」を申し上げました。今年もハルカス寄席は、ネタを返さずにやっていくつもりです。何とぞよろしくお願い致します。

  「第四回福楽・新治二人会。」 (2025/1/5)

  1月5日(日)、奈良市の落語喫茶古々粋亭にて、第4回桂福楽 露の新治二人会。古々粋亭では最後の二人会。大阪、京都、遠くは山口県からもお越し戴き、満員御礼。ありがたく最後の高座を勤めさせて戴きました。露新落語会から、たくさん高座にあがらせて戴き、忘れもんもいっぱいしました。あの立派な高座が解体されるとは、ほんまに残念です。もったいない。
 番組は、「ご挨拶」・両名、「二人旅」・福楽、「面割狂言」・新治、(お中入り)、「悋気の独楽(りんきのこま)」・新治、「富久」・福楽。大入り叶。福楽師匠の「富久」、凄い富久でした。

 「文福師匠、文鹿引退を語る。」 (2025/1/7)

 桂文福師匠のユーチューブ「たぬき小屋から 福もろ亭」の中で、文鹿さんの引退を語ってはります。ぜひご覧くださいませ。

 「新治・鶴笑 笑撃の二人会のお知らせ。」 (2025/1/8)

 とりあえずお報せ。2月7日(金)午後。さよなら古々粋亭企画、「新治・鶴笑  笑撃の二人会」。詳細後日。初めての二人会です。どんなことになりますか?お楽しみに!ぜひ、ぜひご予定下さいませ。何とぞよろしくお願い致します。

〇 古々粋亭さいならウイーク「新治・鶴笑 笑撃の二人会」
 日時:2月7日(金)14:00~
 会場:奈良県奈良市 落語喫茶 古々粋亭
 料金:¥3,000
 出演:鶴笑、新治

 「上かん屋・露新二人会。」 (2025/1/10)

 法善寺上かん屋 紅梅亭 「露の新治 露の新幸 二人会」。番組は「つる」・新幸、「崇禅寺馬場」・新治、(お仲入り)、「夢の酒」・新治、「蜆売り」・新幸。「蜆売り」で、ウルウルと来た方多数。打てばひびくええお客さまに支えられた、新幸奮闘の会でした。

 「喜楽館昼席。」 (2025/1/12)

 桂春蝶長講特集。トリで春蝶師匠が、たっぷり一席。千秋楽の12日に出番を戴きました。ファンが詰めかけ完売! 正直、初めて満席の喜楽館の高座に上がりました。やっぱり、人気者がチャレンジすると、それはお客さまに伝わるんやと感激。私も老いと闘いながら前へ進まねばと思いました。

 「安眠寄席。」 (2025/1/13)

 名古屋中日文化センターにて、「寝かせない落語家と寝かせる睡眠専門医の落語と座談会『初夢・初笑』。番組は「安眠話」・中山明峰、落語「夢の酒」・新治、「トーク」・中山明峰/新治、落語「ふろしき」・新治。

餃子屋さんだけに「休餃中」!
名古屋駅前にて。

 「神奈川音楽堂。」 (2025/1/14)

 横浜国際人権センター主催の講演会、神奈川県にて3日で3か所、「新ちゃんのお笑い人権高座」。初日は何度目かの音楽堂。気合い入りました。

 「東大阪市吉田・安楽寺様。」 (2025/1/18)

 西本願寺のお寺で新春落語会。庭に見事な松(写真撮り忘れました)。ご住職、副住職、ご門徒、ご門徒皆さまで「お正信偈」を唱え、その後に勤めさせて戴きました。番組は、「漫談」、(お中入り)、「相撲風景」、「ふろしき」。よおわろて戴き、ありがたく、気持ちよく勤めさせて戴きました。毎年開催されていて、早くも再来年の1月(!)に出演依頼を戴きました。2027年1月16日(土)、生きていれば76歳になってます。元気で高座に上がれるよう、願生ります。ありがたい。

 「奈良県橿原市・畝傍夜間中学。」 (2025/1/24)

 橿原市立畝傍夜間中学(畝傍中学校2部)にて、お笑い人権高座。全てが来られてたのではありませんが、11ヶ国の多国籍の生徒さん。もがきながらの2時間は楽しく過ぎました。夜間中学のカリスマ、レジェンド、高野雅夫さんから、自主夜間中学・うどん学校のこと。春日夜間中学設立運動から、自分が噺家になったこと。3月上映の「35年目のラブレター」、狭山事件の石川一雄さん、そして連続射殺犯の永山則夫。夜間中学設立運動で腹に据えさせて戴いた「戦争と差別の人権侵害の罪深さ」、戦後の教育の闇を撃つ夜間中学の存在。などなど精一杯しゃべらせて戴きました。
 「笑」の字がわろてます。

​​​​​ 以前、私の話を聞かれた先生が、生徒さんと取り組んだ作品「笑う笑の字」。本家の私の笑の字も披露させて戴きました。

 「永山則夫の遺したもの。」 (2025/1/25)

  連続射殺「魔」、永山則夫。極貧のため不登校になり、中卒ではあるが基礎学力の無い、いわゆる「形式卒業生」。四人の人を殺し、獄中で学び始め、数多くの著作を世に問うた獄中の作家です。彼の死刑執行の最後の面会人となったのが、市原みちえさん。永山則夫の遺品の多くをを預かっておられます。
 市原みちえさんは48年前、奈良市議会議員として「奈良に夜間中学を作る運動」をリードしたお一人。その市原さんから、メーデーの会場でビラを受けとり夜間中学を作る会に参加、使いっぱしりをしていた私はそこで多くの大事なことを教えて戴きました。1978年4月、奈良市立春日夜間中学が開校し、その後市原さんは市議も辞められ東京へ帰られました。当選確実の三期目の市議選には出られませんでした。「三期勤めると議員年金がつく。それがいややと言うんや」と当時の社会党奈良県本部の委員長から聞きました。まるで柳田格之進のような、私とは真逆の人です。
 その市原みちえさんが奈良に帰って来られるというので、当時の「奈良夜間中学・通称うどん学校の生き残りの人たち」が、46年ぶりに集まりました。会場の奈良市生涯学習センターには、永山則夫が犯行時に履いていた靴、最後の接見で着ていたシャツなどの遺品、直筆の遺稿などが展示され、市原さんの活動を取材したドキュメンタリービデオの上映、そしてお話。死刑制度の根本を問う濃い集会でした。
 今、春日夜間中学で学んだ西畑保さんがモデルの映画「35年目のラブレター」が話題になっています。まさにその対極の存在である永山則夫。形式卒業生の明暗をせつなくなるほど感じました。教育の闇を照らす夜間中学。改めて「夜間中学、いや全ての教育現場の主役は生徒」と当たり前のことを強く思いました。映画「35年目のラブレター」は、鶴瓶師主演で3月封切り。私も必ず見ます。そして、貧困ゆえ不登校になり連続射殺犯となった、形式卒業生の永山則夫のことも忘れません。

 うどん学校の仲間。左から二人目が市原みちえさん。真ん中は、「うどん学校」の名前の由来になった、授業の合間の補食のうどんを用意し「うどんできましたよー」と呼びかけて下さった、正強学園の森田仁司先生。46年ぶりに先生の元気な声を聞いて涙が出ました。


 「先発完投型落語会。」 (2025/1/26)

 大阪市天王寺区のなにわ創生塾にて、「先発完投型落語会」。ありがたくも満員御礼! おかげでよお盛り上がりました。番組は、「狼講釈」、「目薬、ふろしき」、(お中入り)、「柳田格之進」、「茶話会」(お抹茶の接待【写真】)。茶碗は井戸。深みを感じました。お抹茶は苦手でしたが、おいしく戴きました。

2025年2月

 「立春寄席 お笑い人権高座と『柳田』。」 (2025/2/3)

 大阪府池田市人権文化交流センター(ふらっとイケダ)に於いて、部落解放池田地区研究集会「立春寄席」。番組は「お笑い人権高座」、(お中入り)、「柳田格之進(冤罪、濡れ衣に因んで)」。ありがたく務めさせて戴きました。守口市から駆けつけて下さったTYさん。ありがとうございます!

 「古々粋亭、2月7日の夜席。」 (2025/2/5)

 2月7日(金)昼席は、鶴笑!さんと二人会ですが、夜席に、新幸が出ます。夜席の出演は、露の新幸、桂りょうば、旭堂南鈴(敬称略)。落語と講談と、お席亭からのリクエストで三人で音楽ライブをする内容となっています。前半が演芸、中入り後にライブの予定です。私は「居残り乱入飛び入り」を検討中。

 「古々粋亭昼席 新治・鶴笑、笑撃の二人会」 (2025/2/7)

 2月7日(金)、古々粋亭 古々粋亭さいならウイークの昼席「新治・鶴笑、笑撃の二人会」大成功! 初めての二人会。鶴笑さんの爆発で大盛り上がり。お客さんは笑いっぱなし。一席目の「抜け雀」、これだけおもしろい抜け雀は古今無双。落語を完全に漫画化。誰にもできない芸です。もちろんパペット落語「西遊記」も大爆発。終いには立ち上がり、落語の次元を越えたパフォーマンス。うけてるとか、そんなレベルではなく、会場が揺れる笑いを久しぶりに味わいました。おそれいりました。私は「転宅」と「中村仲蔵」。「中味濃いなあ」と自分でも思います。またいつか、第二回目をやってみたいです。

 「古々粋亭夜席 Rakugo Koudan Music LAST LIVE」

 古々粋亭、夜席は、「新幸、りょうば、旭堂南鈴」三人会。昼席から「居残り」をして戴いたお客さんが数人。私も居残り、間に挟まりちょっとしゃべらせて戴きました。中入り後は、バンド演奏。ベースギターを弾く美人講談師におっちゃんのお客さん大喜び。三人ともバンド経験者なのでさすがの演奏。お客さんもノリノリ。最後は、席亭を舞台に呼び込みトーク。席亭の落語愛に感激。こんな思いのこもった寄席が無くなるのは、残念というより、力不足の自分らの責任を感じてしまいます。

 「三田落語会。」 (2025/2/8)

 雪のため100分遅れの新幹線で上京。新幹線の徐行運転は、生涯2度目です。前回は、11年前の内幸町ホールでの独演会で、奇しくも「2月8日」と同日。今回は東京は好天です。昨日の古々粋亭と同様、三田落語会のお客さんのノリの良さに助けられました。親子ほど歳の違う古今亭文菊さん、「七段目」。盤石の落ち着き、そして「上手いなあ」と思わずつぶやいてしまいました。昨日の鶴笑さんの「抜け雀」といい、「落語の魅力と可能性」をいっぱい感じさせて戴きました。
 番組は、「つる」・桃月庵ぼんぼり、「転宅」・新治、「七段目」・文菊、(お中入り)、「ふろしき」・文菊、「柳田格之進」・新治。「柳田格之進」は、11年前の大雪の独演会のトリネタです。精一杯務めさせて戴きました。反省点も多々ありますが、こんなええ会に出して戴き、ほんまにありがたいと思います。「噺家になってよかった、ありがたいなあ」とおもてます。
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 「三田落語会 追伸」

 三田落語会に、関西から駆けつけて下さった方々(京都、守口、高槻の、いずれもTさん!)。雪で新幹線が大幅に遅れる中、申し訳ありませんでした。ほんまにありがとうございます。心からお礼を申し上げます。新治拝

 「宍粟市城下ふれあいセンター。」 (2025/2/12)

 大阪駅前から高速バスで山崎インターへ。そこへ迎えに来てくれたのが、前田良さん。隣保館職員さんでもあるのですが、すごい生き方をされてきた方。自分の存在をかけて最高裁まで争い、逆転勝利。「性の多様性」を認める社会作りに大きな一歩を記した人。著書に「パパは女子高生だった」。私ではうまく紹介できません。ぜひ、インターネットでお調べ下さい。いっぱいのお客さんによおわろて戴き、すごい人と出会って、ほんまええ一日でした。
「面白いから笑う」とちごて「笑えばおもしろくなる」の実践。
宍粟市城下ふれあいセンター(隣保館)の職員の皆さんと。 前田良さんと。

 「新春の集い。」 (2025/2/16)

 日本共産党長田区委員会、同後援会「新春の集い」。穀田恵二前衆議院議員や森本市会議員のお話のあと、45分程楽しくお笑い戴きました。笑う門には福来てる!

 「河内亭寄席。」 (2025/2/20)

 前東大阪市議会議員の松平要(まつだいらかなめ)こと、河内亭九里丸さん。大叔父が花月亭九里丸で、「九里丸」の名跡を残したいと、議員活動の傍ら政治漫談で芸人活動も続けてこられました。その九里丸さんが席亭を勤める寄席が始まりますQ 第一回のゲストは、地元東大阪出身、永和小学校前の文房具屋の息子、桂福楽さん。地元の方、九里丸、福楽ファンの皆さま、ぜひお運び下さいませ。
〇 第一回河内亭寄席
 日時:3月9日(日)14:00~
 会場:東大阪市民多目的センター3階大集会室
   (近鉄河内永和駅北すぐ)
 料金:前売り¥2,500のみ
 出演:福楽、河内亭九里丸 【新治の出演はありません】
 問合せ、予約:090-2389-9643 kurimaru@kawachitei.org

 「動楽亭昼席、出番を戴きました。」

 4月11日(金)、12日(土)、13日(日)と三日間、道楽亭昼席の出番を戴きました。これで4月は、繁昌亭2日、喜楽舘6日、ハルカス寄席2日、動楽亭3日と、計13日も寄席の昼席に出ます。繁昌亭夜席の予定もあり、噺家としてありがたい月になりそうです。

2025年3月

 「コアキタマチ落語会。」 (2025/3/1)

 神戸市北区の「コアキタマチショッピングセンター」にて落語会。おかげさまでありがたい大入り!  ショッピングセンターの広場とは思えぬええお客さん。今までの積み重ねが奏功し、楽しみにされてるのが伝わってきました。聞き上手のお客さんに助けられ、存分にやらせて戴きました。
 番組は、【一部】「前説」・新治、「あみだ池」・天吾、「ふろしき」・新治、「お楽しみじゃんけん大会」、【二部】「トーク、謎かけ」・両名、「動物園」・天吾、「鹿政談」・新治、「お楽しみじゃんけん大会」。おかげさまで大盛り上がり! ありがたや!

 「第29回 あったか寄席。」 (2025/3/2)

 5:45出発。6:30近鉄東花園駅前で、高井ギャラ、亜空亜SHIN(アクア シン)のお二人と合流。大阪駅で、桂弥っこさんも乗り込み、一路島根県雲南市賀茂町へ。片道350キロの旅。途中雪も溶けており11:30着。そのまま、三浦浩巳さん宅へお悔やみに。
 浩巳さんのお連れ合いの三浦妙子先生は、あったか寄席第一回からの世話人。三浦家は、お子さんも含め一家をあげて応援して戴き、浩巳さんは毎回、写真と記事をホームページに送ってくれてました。浜田市の「べっぴん寄席」の山本さん同様、寄席はこんな方々に支えられて回を重ねてきたのです。今回も「ええ写真を撮る!」と張り切っておられたのですが、持病が悪化、なんと前日の3月1日にお浄土へ行ってしまわれました。去年、見送って戴いたのが最後になってしまいました。体格のええ方でしたが、少し痩せて寝てはりました。ダジャレが好きで、乱発し、時には周囲を引かせたり笑わしたりの、愉快なええ人でした。昔打ち上げで、桂S朝さんとダジャレ合戦になったことがあります。プロに負けまいとする素人と、それを許せないプロとが応酬しあい、エンドレスになったのも今は懐かしい思い出です。まだ65歳、ご家族の悲しみが伝わってきて涙が出ました。
 会場へ戻り、気を取り直して寄席へ。たぶん、浩巳さんも会場に来てるので、盛り上がることがお供養やと精一杯わろて貰いました。番組は、「お笑い人権話」・新治、「ん回し」・弥っこ(地元、雲南市大東町出身!️) 、「ふろしき」・新治、(お中入り)、「水平社宣言朗読」・参加者全員、「変面、マジックショー」・亜空亜SHIN&ギャラ、「抜け雀」・弥っこ。トリは地元出身の弥っこさんにお願いしました。おかげで過去最高の大入り、大盛り上がりでした。会場作りには地域の小、中学校の先生方が献身的にお手伝いをして下さいました。先生方、毎年、お休みの日にありがとうございます。
 終わって片付けの後、雲南市からさらに西の平田町へ。ギャラ、SHINの大ファンで、私もお世話になってる三原さん方へ。先日、お父さんが96歳で大往生。お葬式も無事済んだ2日後、なんと喪主を勤めた長男の三原正志さんが69歳で心筋梗塞のため急死。喪主の挨拶をした4日後の同じ時間に、同じ所でまさかの自分の葬儀。お家には、お二人の遺影が並んでました。手を合わせていると、お気の毒で悲しくなり、涙が出てしまいます。それから帰路に着いたのですが、日付が変わる頃やっと帰宅し「なんと悲しみと喜びが一緒になった一日やっったんやろ」としみじみ切なくなりました。人は死ぬし、それがいつ来るか分からない。まさに蓮如上人の「今日とも知らず、明日とも知らず」です。ただ、今現在生きてるのだけは確かなこと。そしていずれ死ぬのも確かなこと。ならばそれまでは元気に、そして生きてる間はなるべく笑って生きようと思いました。「生きてる間は笑いましょ」これからこれで残り時間をありがたく生きていこうとおもてます。
水平社宣言 桂弥っこさん

 「あったか寄席の三浦さん。」(2025.3.15 追加)

 去年、2024年3月3日のあったか寄席。終演後、世話人さんやお手伝いの先生方との集合写真です。前列左端が、今年の寄席の前日に亡くなられた三浦浩巳さんです。


 「どおしましょ?」 (2025/3/4)

 3月3日、昨日のことです。98歳8ヶ月目に入った母。ぼんやりしてるんで「わし、分かるか?息子やで」とゆうたら、じっとこっち見て一言。「昔はもおちょっと男前やったのに、、、」「ほっといてくれ!老けて悪かったなあ!」ぼけとりませんわ。どおしましょ。だいぶ前ですが、毎日熱心にお経をあげてたのに、いつの間にか拝まんよおになったんで、「たまにはお仏壇拝んだらどおや」てゆうたら、「仏さんは、ほっとけ」と。どおしましょ?
 「ハルカス(わらかす)寄席」 (2025/3/6)

 今日もハルカス寄席は、ええお客様で盛り上がりました。ありがとうございます。

 「3月9日。」 (2025/3/9)
 今日9日は、五代目林家小染さんの一周忌です。もお一年も経ちました。かつて「露の新治を育てる会」の支部が11カ所もでき、全国各地で「新治寄席」をやりました。その全てを、小染さんと露の吉次さん、桂こけ枝さんが手伝ってくれました。みんな元気で、楽しい時でした。その支部の寄席も全て終わりました。最後に残ったのが、香川県の二カ所、東かがわ市と綾川町の新治寄席です。それも去年を以て終わりました。綾川町は、私が38歳の時に始まりました。35年続きました。いつもなら、3月の第1土日はさぬきツアーです。それを今日は家で迎えています。そしてその今日が、小染さんの命日とは、なんともいえないしみじみとした気持ちになりました。朝夕、お仏壇を拝んでいますが、今日は小染さんを偲んで拝ませて戴きました。去年は小染さんを皮切りに5人の噺家が亡くなりました。今年の梅も、これから咲く桜も見ることはありません。「人は死ぬ」「始まりがあれば終わりがある」当たり前のことが改めて身にしみます。梅はきれいに咲いてます。寂しい春です。合掌

 五代目小染さん、絶品の「試し酒」。最高でした!
 「石川一雄さんが亡くなられました。」 (2025/3/12)

 狭山事件の冤罪被害者、石川一雄さんが亡くなられました。先ほど報せを貰い、ぼんやりしてしまいました。「石川さんが生きてはる間に見えない手錠を外す」を合い言葉に、全国の多くの方々が活動をされてきました。袴田さんの冤罪がはれ「次は狭山だ、次こそ狭山」と盛り上がっていた矢先。ご本人もさぞご無念のことと思います。しかし、私もそうですが、石川一雄さんの命がけの闘いから多くのことを学んだ人、自己変革をさせて貰った人はいっぱいいます。これからも闘いは続きます。石川早智子さんを中芯に連帯して闘います。「悲しみを力に変えて」かつてよく言われた言葉を、改めてかみしめています。合掌

 「石川さんの割り箸」

 昼過ぎにジャーナリストの川瀬俊治さん(私とは春日夜間中学設立運動、私設奈良夜間中学、通称、うどん学校のスタッフどおし)から連絡を戴き、ぼんやりしてしまいました。ショックです。石川さんは、私より一回り上の卯年で86歳。まだ冤罪が晴れないうちに人生を終えねばならないのは、ほんまにご無念やと思います。私は1974年、23歳で狭山事件の高裁判決(10・31)に出会い、それから関心を持ち今に至ってます。残念です。写真の割り箸は、17年前、池田市の狭山集会でご一緒したときのものです。終わって打ち上げがありました。糖尿病の食餌療法をされているので、ごちそうが食べられない石川さんは、箸を割りませんでした。隣にいた私は、その箸を貰って帰り、時おり眺めては、石川さんの決意の固さを思っていました。これからは、宝もんになります。徳島ラジオ商事件など、ご本人が亡くなられてから無罪が確定した事件もあります。これからは石川早智子さんを中心に再審無罪を求めてゆきます。狭山から多くを学ばせて戴いた者にとって、再審無罪を願って行動することが、石川さんへの何よりのお供養やと思います。
 石川さんは、見えない手錠を外したらやりたい夢を持ってはりました。その一つが「夜間中学で学ぶこと」でした。刑務所の教官の献身的な支えのおかげで文字を取り戻した石川さんですが、義務教育全体はちゃんとうけていません。文字と言葉、算数は生きる力の基礎の基礎ですが、基礎学力、学校教育はそれだけではありません。社会も理科も全てが義務教育です。それで義務教育取り戻しのための夜間中学へ通うことが一つの夢でした。それも叶わぬまま旅だたれてしまわれました。返す返すも残念です。折しも夜間中学て文字を取り戻した春日夜間中学の西畑保さんの映画「35年目のラブレター」が上映中ですが、ほんまは手紙は学齢時に書けなあかんのです。それを奪われたまま生きてゆくのは、世の中が進めば進むほどしんどいのです。しんどすぎます。そのしんどさに負けて、せっかくの自分の人生を捨て値でたたき売ってしまった人がいっぱいおられます。西畑さんや石川さんの64年の闘いから学ぶことは限りなくあります。袴田さんのよおに、再審無罪を勝ち取るまで、生きて戴きたかった。ほんまにそお思います。私もそれまでは生きていたいとおもてます。
石川さんの割り箸
石川さんご夫妻と。永平寺にて。20年ぐらい前の写真です。

 「狭山集会にて。」 (2025/3/13)

 石川一雄さんのご逝去を知ってから一日経って、わき上がってくるのは、悲しみより怒りです。当時の警察、ここまで長引かした検察、裁判所の責任は重大です。それを後押しした「社会意識としての部落差別」の観念が、無実の石川一雄さんを犯人に仕立て上げました。当時の私もその差別意識を持った一人です。「狭山」で自分の差別意識に気づかせて戴きました。石川さんのご無念は、再審無罪判決でしか晴らせません。何とぞご理解、お支えのほどをよろしくお願い致します。
(2014年11月、長野県安曇野市での集会のようす)

 「社民党の福島みずほ党首が国会で、石川さんの逝去に触れ、法務大臣に訴えました。」 (2025/3/14)

 この動画(クリック/タップしてください)は、若い頃から「狹山」に関わってきた方からです。福島みずほ議員は弁護士で、狭山事件弁護団のお一人です。日比谷野外音楽堂での中央市民集会にも常に参加し、力強いアピールをされてます。石川さんの死を悼み、裁判所の姿勢、法の不備を強く訴えました。その姿に光明を見ました。ぜひご覧ください。

 「ハルカス(わらかす)寄席。」 (2025/3/18)

 ほんまに久しぶりに桂雀太さんと会いました。顔を見てホッとしました。ほんまにいっぱいのお客さまに乗せて戴きました。楽しかった。ハルカス寄席は、私が甦らせて戴く場です。今日は「一眼国」。今のところネタはダブってません。他の出方や流れもあります。どこまで続けられますか。
雀太さん 虹友美さん
新治さん 楽屋にて
 

 「三四郎ウイークのチラシ。」 (2025/3/29)

 喜楽館、三四郎ウイークのチラシです。喜楽館がつくったのではなく、本人の自主制作です。やる気満々ですね。

2025年4月

 「繁昌亭昼席花形ウィーク。」 (2025/4/2)

 4月2日(水)は桂力造師匠の日。襲名してすぐに花形ウィークとは、力造師匠も運のええ人です。入門25年の力、ざこば師匠への思い。感慨深い高座は、ざこば師匠譲りの「狸の化け寺」。出番を戴き、よかったと思える公演でした。
 一番太鼓は、桂九寿玉さん。お客さんがいっぱい入るように「入」という字にバチを止めたところ。

(写真提供TYさん)





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